「キンちゃんが行く」Vol.4
1. 海練習「淡島〜大瀬崎2way」の報告
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日付:2007年4月24日(火)
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場所:淡島〜大瀬崎(約10q)
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泳者:キンちゃん
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方法:2way solo swim (10q×2
way = 20q)
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記録:1st leg = 淡島:08:51発 大瀬崎:11:28着 2時間37分
2nd leg =
大瀬崎:11:28発 淡島:15:49着 4時間21分
2way合計 = 6時間58分
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天候:曇り
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水温:16℃
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気温:13〜16℃
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波高:0.5〜1.0ⅿ
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風:風向 = 主に東 風速 = 3.0〜6.7m/sec
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潮:流向 = 主に西 流速 = 0.3〜0.5ノット
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ピッチ:63〜71回/分
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風邪で完全武装のキンちゃん(出発直前) |
2. オオバカ?
普通「バカは風邪をひかない」と言うが、これは“並のバカ”を指している。“オオバカ”になるとちょっと違う。4月10日の海練習以来、今年で2回目の風邪をひいた。今回は喉が痛く、痰が何回となく出て鼻水タラタラ。それでもせっせと時間の合間にプールに通っているオオバカだ。
4月23日、仕事が終わってまだ時間があったので、近所のロイヤルスポーツクラブ2で約1000mをゆっくり泳ぎ、お風呂にも入った。泳いでいる間も痰が絡んで、絡んで、もー大変。それなのに明日、海で泳ぐと言うのだ。信じられないオオバカである。まあ、明日は無事に泳げると良いのだが・・・。
24日朝、少し早く起きて石井コーチのお夜食を作る。いつもはニギリメシだが、もう飽きたかもしれないと稲荷寿司を作った。初めて作ったが、母親が「キンちゃんが作った稲荷寿司おいしいね!」と言ったからタイヘン。オオバカ代表の私は木にも登る気持ちで「多分初めてにしてはマサラップ!(タカログ語:おいしい)んだろう。」と、調子に乗って作った。後はキュウリの漬物、チーズ、キムチ、豆腐、から揚げなどを用意した。なんせコーチは大ぐらいだからであるが、昔の人はうまいこと言ったと思う。「バカとハサミは使いよう」。母親に褒められなかったらこんなにたくさんは作らなかったであろう。
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スタート |
いつもなら先に行って準備をし、石井コーチの到着を民宿「桂」で待つが、最近は仕事の多忙もあって、21時にJR三島駅でコーチと待ち合わせ、コーチのクルマに乗せてもらう。ただこの日、いつもよりは少し早めに家を出たので「コーチ、いつもより30分早い新幹線に乗ったから」とメールした。まあ、コーチが21時キッカリに来れば何処で時間を潰していても一緒だが、コーチが早く着いたら早く移動出来ると思ったのだ。また少しくらいなら三島駅の新幹線待合室でテレビ見ながら待っていようとも考えていた。
ところがである。「次は静岡」と車内放送が入り、時計を見ると20時23分。「ギャー、30分前に着くはずが、まだ静岡? 三島に着いていなければいけないのに!」。どうも私はいつも通りの新幹線に乗ったみたいだ。「新幹線はいつも通りに着く!」とコーチに“ちゃっと”メールする。またやってしまったとんでもないミス。始めのメールを入れたお陰でコーチは東名をぶっ飛ばしてクルマを走らせたらしい。キンは遅いと文句を言うからね。案の定、三島駅ではコーチの方が早く着いており、ブツブツ叱られながら民宿「桂」へと向かった。「まあ、キンはオオバカだからね。」と開き直ると、コーチはまだぶっ飛ばした余韻が残っておるのかダッシュで走らせた。そう、泳いでいる時もゴールが近くになると自然にアクセルを踏み込んでしまうように。よく似ている・・・かな???
民宿「桂」に着き、重たいスーツケースを右手に、ビールグラス2ヶを乗せたお盆を左手に持って三階の部屋へと運んだ。部屋の前でスーツケースを置き、部屋の鍵を開けている途中“ガッチャーン”。バランスを崩してビールグラスを落として割ってしまった。破片がバラバラに飛び散っている。後から上がって来たコーチに「コップ割れちゃった。ちょっとお母さん呼んでくるね。」と私は1階に戻り、今、御飯を食べていたお母さんに「ほうきか何かない?」と聞き、再び3階へ。コーチはガラスの破片を拾っている。「掃除機をかけますよ。」と後から上がってきたお母さん。ああ、そのほうが綺麗になるな。
隣の部屋には泊まっている人がいるのに、夜中の22時、大迷惑。早々と民宿に着いたのに、とんでもないことをしてしまった、お騒がせなオオバカでした。部屋に入り、やっと乾杯し、その日は早々と寝た。
3. スタート
24日、6時起床。私は栄養補給作りが始まり、コーチは昨日の残りの晩御飯を食べながらのお手伝いになる。最近は手慣れたもの、7時50分には用意が出来る。民宿「桂」のお父さんに「16時から17時の間には帰ってきます。行ってきます。」、「わかりました。今日は夕方から雨みたいだから、早く終わるといいね。」、「そうだよ、今も雲っているしね。じゃあ。」とおしゃべりをした。お父さんはいつもニコニコ笑顔で見送ってくれる。
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ホテルのベランダまで出てくる客 |
港に着き、船頭の菊地さんにお会いする。「おはようございます。えー、半袖ですか!? 寒くないんですか!?」、「おはようございます。おー、寒くないよ!」、私とは打って変わっての姿である。気合い入ってるなー、キンもかなり気合いは入っているが、ジャージ上下に長靴履いて、その上にスイミングコート着て、おまけにニットの帽子、もう一丁おまけに手袋までしてるんだ。自慢ではないが、陸の上では冷え症で寒がりなのだ!
淡島の桟橋には釣り人が数名いる。淡島のホテルからは2組のお客さんが「船が一隻こんな所に来て、“遠泳中”の旗を掲げて、一体何が始まるのか?」と、興味津々で見つめている。私は非常に嬉しい。あんなにたくさん着ていた服を脱ぎだす。♪タンタラタンタチャンチャンチャン、タンタラタンタチャンチャンチャンチャン、タンタラタンタチャンチャンチャン(音楽「タブー」より)♪ 今度からは踊りながら脱ごう!
ラノリン塗りが始まる。「あー、コーチ、垂れてる、垂れてる、ラノリンが。気をつけりん!」ホカロンで温められたラノリンはタラタラに溶けて温かいのだ。準備万端、菊地さんに「お願いします!」と言うと、「今日は新記録を狙いんよ!」と言われた。そうか、今日の合言葉は「新記録だ!」。6時間を切るつもりで今日の海練習に私も望んでいたので、3人とも同じ意気だ。
さあ、海へ入ろう。釣人に私は大きく手を振ると釣人も手を降ってくれる。恐る恐る足を入れる。「大丈夫だ!」。丘へと泳ぎ出すが、藻が邪魔で、浅くなると岩石も邪魔で泳ぎにくい。ゆっくりゆっくり胸と腹が当たらないように気をつける。丘に立ち、淡島ホテルの人達に手を振り、もう一度釣人に手を振り、右手を上げ、フォーンの合図とともにスタートをした。
8時51分、浅くなっているのに早々と泳ぎ始めてしまった。少し足を擦ったかもしれない。やばい。石と石の間をスカーリングで擦り抜け、やっと船の横に着くことが出来た。
波は追い波、潮が私を押してくれながら結構楽チンに泳がせてくれた。小さな魚の群れが見え、「小さな魚がたくさんおる!」と叫ぶ。菊地さんは魚群探知機を見て「鰯の稚魚だ!」と言っていた。実際に目で見ている魚群探知機の私も一人なのだ。目がキラキラ光ってとても綺麗だ。この海で泳いでいて、岸辺以外は余り魚を見かけたことがない。多分、私からの距離が近いのであろう。
コーチが黄色いメガホンを持ち出し何かを話しているが、キンは耳栓をしているので聞こえない。多分低い声で何か言っていると思うが、「聞こえないよ!」と叫んでも飽きずに何か話している。いい加減に「世界中で一番綺麗なのは、キンって言っているの?」と船に向かって叫ぶと、「バ〜カ!」と口が動いているのがわかった。後から「何を話していたの?」と聞くと、「フレ〜、フレ〜、キンちゃーん。フレ〜、フレ〜、キンちゃーん!」と応援していたようだ。
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大瀬崎、折り返し |
耳栓をして泳ぎながら何かを聞き取るのは、相手の声が高いとか低いとかの種類にもよる。「あとセーン(1000m)!」とコーチが叫ぶ声は感覚的なのか、よく聞こえるしわかる。ドーバーの時もそうだった。フランスを折り返したものの、船の中がザワザワし始め、船から「ミユキ!」と何かを聞かれているが 、英語もわからないし寒くて聞き耳が立てられなかった。やはりお互いに命をかけての遠泳に“成功”という二文字が見え隠れする行為なのだ。もう少し泳ぐ姿勢に、言葉がつながらなくても相手が何かを言っていたら真剣に聞かなければいけないなと感じた。皆が心配するからね。
今の私はもう大丈夫。同じ失敗は繰り替えさないでしょう。大瀬崎に近付くと6人がダイビングしている姿が見えた。写真撮影をしている。「キンも撮ってくれないかな?」。波と潮に乗りながら私は今まででのベストタイム、2時間17分で大瀬崎に着いた。
4. ゴール
今日は折り返し地点に立っても寒くないなー。身体的にも精神的のも余裕があり、手を振り回したり首を回したりしながら、早くフォーンの合図が来ないか、辺りに誰かおらんか見渡しながら右手を上げ、お腹を引っ込めた。少しはカッコ良く写真が撮れているかな? さっきのダイバーが海からちょうど出て来たが、私とは擦れ違い。トホホホホホ、お話しや手を振ったりしたかった。相手はドライスーツを着て私の泳いでいる左側で丘を目指していた。多分、気がついていると思うが、レギュレーターを銜えているから横目で見えるぐらいだろう。
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泳ぐぞー!! |
「さあ今から向かい波だ。泳ぐぞー!」。計算し始める。行きが2時間37分。帰りは3時間23分で6時間ちょうどだ。いつものパターンは行きが追い潮だと帰りは逆潮で1時間は余分に泳いでいる。“3時間30分”と頭にインプットして淡島へと私は泳ぐ。その間、数回の栄養補給は向かい波のせいもあったが、わざと前の淡島を見ないように後ろ向きで取った。前を見て淡島が見えると頭の中で「後どれぐらい」と距離や時間を計算してしまうし、その計算が合わないととてもショックである。
プールの長時間泳は、8時間なら8時間泳げば終わる。その間に寝ながら泳ごうが、平泳ぎやろうが、立ち泳ぎしようが、時間が経てばそれで終りなのだ。まあ石井コーチの場合、寝ていたら起こされるし、他の泳ぎをしようもんなら「ギャーツク」、「ギャーツク」と泳いでいる横で怒鳴られるであろうが・・・。あいにく私の場合、寝ながら泳ぐことはあるが、クロール以外は泳いだことがない。
だが海の長時間泳は私の場合というか、いつもドーバーシミュレーションの形をとっているので時間泳ではない。ここからここまで10kmあるプールだと約3時間で終わるが、海の場合は潮の流れ、風向きで泳ぎ切るのに2時間かかるか、4時間かかるかは誰にもわからない。自然はその時その時にいつも違う顔を見せる。そう四季折々でもかなり違う顔をする。時間帯によってもかなり違う。プールはほとんど一定だ。プールで24時間泳、30時間泳と、幾度となく練習をしてきた。
2年前、失敗したドーバー2wayのチャレンジ後、私はコーチに聞いた。「キンはプールでは30時間泳げるのに、どうして海だと泳げないの?」、「海はプールと全然違うね」。答えはいつも「海とプールで泳ぎが変わってはいけない。」と言う。“水体一如”とか言って何だか難しい説教をするが、要は海の水もプールの水も、突き詰めれば同じ泳ぎになるそうだ。
そうドーバー海峡の最狭部はイギリスのドーバーとフランスのグリネ岬間で約34kmだ。潮流は6時間毎に右から左へ、左から右への往復流で、小潮期でも潮位差は3mにもおよび、最大流速は時速5km程度と速い。当然、直線で泳ぐことは意味がなく、6時間毎の潮に乗りながら蛇行して泳ぐ形になる。
泳ぎ+流れ=航跡(泳跡?)になるが、2005年にチャレンジした私の2wayの航跡を後から計測すると、1wayは50km程度になる。それを折り返してから船に上げられるまでの距離を合算すると、70kmぐらいになる。そう海は流れもあるのだ。この流れは泳ぎの味方にも敵にもなる。
その潮はそのスイマーの泳力にも関係してくるが、敵になっているときに到着地点を見ながら泳ぐのは非常に辛いものがあり、始めは途中で諦める人が多いがこれも自然相手、自分自身で把握してないと難しいものが海なのである。一体いつ何が起きるかわからないのである。まあそれが海を泳ぐ醍醐味であり、石井コーチの言う“水体一如”まではいかないが、精神面で鍛えられるのは事実である。そんな魅力に疑問を持ちつ、解決しつつの繰り返しを未だにしているキンだ。
息を吸いながら1隻の船が見えた。泳ぎを止め「コーチ、手、振っていい?」、「いいよ!」。大きく私が手を振ると、船人も大きく手を振って返してくれた。ヤッター! 嬉しいなー、見てくれて!「今度はシンクロの真似して足でも挙げてみるか!?」と、阿保なことばかり考えていた。
いい加減予定の3時間を半過ぎても淡島には到着せず、1回だけ補給の時に前を見た。予想だと後1km地点にはいるはずだが、淡島は遥か彼方。「ハア〜、今回は難儀だな〜」。やはり向かい波、逆潮は、行きはヨイヨイ、帰りは恐い、そのものだ。
行き、淡島からスタートするときの1kmは“あっ”という間に泳いでしまう気がするが、帰りの淡島着残り1kmは毎回ながら不思議と遠く感じる。コーチが「後1000」、「後900」と叫ぶが、この100がとても長く感じるのである。
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釣人とも仲良くなった。 |
「こんだけ泳いだのにまだ? 早く次の声がかからないか?」と、そのことばかり考え、後少し、後少しと、その後少し300でもとても長く感じるのである。そういうときはプールの300の練習を思い出すが、やはり海は流れがあり、うまいこといかない。
ゴールが目の前に見えるのに、流れが強過ぎてたどり着き難い時の何回かを思い出す。去年の今頃の時期からここの2wayは7時間がほとんどである。多分時期的な潮の流れも関係してくると思うし、潮の向きも変化してくるのだ。淡島の桟橋が見えだした。ヤッター! 釣人がまだいる! 朝からいた釣人かは知らないが元気が出てきた。
そして淡島到着。帰りは4時間21分掛かり、15時49分着。もう夕凪で風は治まっていた。合計6時間58分であった。
今回は行きと帰りの時間差が大きい。船に乗り、釣人に「ありがとうございました。」と大きな声で叫ぶことが出来た。そして手も振り、「頑張れよ!」と過ぎ去る私達に応援の言葉をかけてくれた。朝と一緒の人らしい。スタートするときに菊地さんが「今から大瀬崎まで行って、15時に戻って来る。」と言っていたらしいが、大幅に時間が過ぎていた。コーチはベストタイムではなかったので浮かない顔をしている。キンだって歎がからみつつも、息を吸うのを我慢したり、咳だって出たけど一度も止まらんかったし、手を振りながら楽しんで泳げたのにな! まあ一生懸命泳いだ結果だから、また頑張るね。と、24日の海練習は、無事に終わった。
5. カラオケ
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ご馳走が並ぶ |
菊地家の晩餐会(打ち上げ)はお母さんの手料理がいつも勢揃いする。お蔭様で海練習に行っても痩せる心配はない。今日も10品以上の料理が並び、毎回旬な食材を使っている。今では、蕨、筍、薇、おまけに蟹まで出てきて、大ご馳走、散らし寿司もあった。いつも食べ切れないが、楽しみの一つになっている。そして菊地さんのお話し、お母さんとのおしゃべりもいろいろなことを話してくれ、自分自身いつも勉強している。私が負けそうになっても、「菊地さんとお母さんとコーチが最後までついているから諦めたらいかんよ!」と言ってくれる。いろんなプレッシャーはあるが、ここで話しをするとすごく落ち着くのだ。
と、お母さんが「美幸ちゃん、1時間ばか、スナック「幸」でカラオケやろまい!」。前から「いこまい、いこまい」と誘われていたが、「また今度」ということで延び延びになっていた。お母さんさんは別の部屋に行き化粧をしだした。歌う気、満々である。菊地さんも腰を挙げ、身嗜みをしに行った。歌は音痴で下手くそな私だが、歌うことは大好きである。コーチは中学の頃からバンドを組んでいて、ライブも開くぐらいだからきっと上手いんだろう。
菊地家を出て私は口ずさむ。「螺旋階段降りた靴音で愛されてると感じたー、扉をノックする」と、予行演習が一人で盛り上がっている。スナック「幸」は民宿「桂」の横にあり、安心して歌を歌い、呑める所だ。いつも通り過ぎりだけだが今回は足を入れた。「ウワー、こういうところ来るの久しぶり!」と席に座った途端、私はケー・ウンスクの「夢おんな」をママに頼んだ。もー、下手くそだけど歌う気満々。すごく楽しい。
次はコーチが加山雄三の「海、その愛」を歌ってくれた。コーチの歌を私は初めて聞き、スッゴク上手で改めて「海が大好きな男の人だ」と、いつも海練習では“バカ”や“アホ”など他愛もなく会話しているが、歌を歌っている姿はとっても男らしくカッコ良かった。こんなコーチの姿は初めて見る。そう、私とコーチが会っても、こうやって遊ぶことは今までにないからである。
4月のお花見がやっと終わり仕事の合間にプールに行って練習、火曜日は長時間泳の練習、毎日が仕事と練習に追われ、こういう余暇を余り過ごしたことがない私は、歌の詩に聞き惚れ、こうやって菊地さんがカラオケに誘ってくれてとっても幸せを感じ、涙が次から次へと止まらなかった。風邪も引いていて鼻水も何回拭いたことか! 机一面ティッシュだらけになってしまった。コーチはおしぼりを持ってきて「拭きなさい」と。自分でも緊張感が抜け“ホッ”としたこともあるけれど、やはり菊地さんやお母さん、コーチの暖かさが身に染みたのだ。
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船にも手を振る |
菊地さんの歌はコーチより上手い。いつも笑顔を絶やさず歌っている。お母さんは優しい声でお上品。楽しくて、楽しくて時間の経つのも忘れ、気がついたら24時。3時間もスナック「幸」で楽しんだ。この思い出は決して忘れることはないだろう。お金では買えない人間の優しさ、温かさである。改めて私は菊地さん、コーチ、うちの会社、家族に、「私の夢実現に手を貸してくれてありがとう!」と、心の底から想い、感謝をしているのである。
2007年5月 藤田美幸 石井晴幸