「キンちゃんが行く」Vol.6

1.      アイランドスイム(城ヶ島〜江ノ島)2way

    日付:2007524()

    場所:片瀬西浜〜城ヶ島(約22.5km

    泳者:キンちゃん

    方法:2way solo swim

    記録:1st leg 片瀬西浜04:09 城ヶ島14:37 10時間28

         2nd leg 城ヶ島14:37 リタイヤ18:00 3時間23

         合計:13時間51

  海洋状況

    天候:曇りのち晴れ

    水温:1920

    気温:1923

    波高:0.53.0m

    風:風速=0.511.0m 風向=主に西ないし南

    潮:流速=0.3ノット 流向=

    ピッチ:6366/

    補給品:炭水化物+果糖+茶類(60℃、300ml40分毎)

 

スタートしたビーチ(片瀬西浜)

昼間は大勢のサーファーで賑わう

2.      シミュレーション

 前から一度、ロングスイムのシミュレーションをドーバーへ出発する前にしてみたく、「アイランドスイム(江ノ島〜城ヶ島)2way」にチャレンジしようと私は石井コーチにお願いをしていた。

 それは4月の終わりに決まり、準備は着々と進んで行ったが、何故だか「いつもの海練習感覚」しか自分には湧いてこない。「淡島〜大瀬崎の感覚」しか思い浮かばないのは、ここでの海練習が慣れ過ぎてしまったせいか?

 「湘南の海ってどんなだろう?」、「“片道約20km”と訊いているが、どれくらい掛かるのだろう?」、「潮周りはどうなっているんだろう?」とかを考えてばかりで少し不安はあった。海は何処でも一緒だが、何でこんな気持ちになるのだろう。2002年にリレーで泳いだときのシミュレーション「アイランドスイム(江ノ島〜城ヶ島)2way」を思い出そうとするが、記憶が定かではない。

 確かチームリーダーの奥澤先生が何かの用事で来られなくて、代わりに代用要員の久保さん(1997年にソロチャネルスイマーになられている。)が入ったような・・・。泳いだ順番は真鍋、湘南の主、菱沼、私、栗山、久保だったと思う。

資料によると次のようになっている。

「アイランドスイム2wayリレー」

日付:20020630日(日)

記録:1st leg 片瀬西浜 01:26 城ヶ島 08:01 6時間35

2nd leg 城ヶ島 08:01 片瀬西浜 16:05 8時間04

合計    14時間39分

現場海域について

    波浪:0.51.5m

    水温:1822

  気温:1926

  天候:雨のち曇りのち晴れ

  風:最大8m/sec程度

 

そう、スタートは夜中の大雨の中、とてもとても寒く感じたなぁ〜・・・。

 

3.      嵐は誰が呼ぶ?

 514日朝3時半、港に集合。今回のサポートをお願いしていた湘南の主さんに約2年ぶりにお会いする。いつもここ湘南の海を一人で泳いでいらっしゃる頼もしい方だ。

ステキな畑中さんと

 船頭の畑中さんは湘南の主さんが泳ぐときに伴走していらっしゃるベテラン漁師さん。初めて私はお会いするが、畑中さんは私のブログを読んだことがあるようで、うっすらと私のことは知っている模様。若くて美男子で、何だか私にはもったいない。ああ、いやいや、別に結婚するわけではないのだが、カッコ良い男性である。きっと何人もの女性を泣かせたに違いない。

 そしていつもの石井コーチ。まあ今の私の右腕で、遠泳ではなくてはならない人である。

 そう、今回は今までにない石井、湘南の主、畑中、私の初の“カルテット”でアイランドスイムのチャレンジとなった。どんなハーモニーを奏でるのか、楽しみではある。

 スタート時の天候は曇り、水温20℃、気温19.7℃、湿度65%、波高0.5m、南南西の風2.2m/sec

湘南の主「今日は南の風がいつもより吹いているよ。向い波だね。水温は20℃、これじゃ暖か過ぎるかな?」

キン「ロングスイムは20℃くらいが良いよ。また風が強く向い波、湘南の主さん呼んだでしょう!?」

湘南の主「オレじゃないよ。キンちゃんが呼んだんだよー。オレと畑中さん、石井コーチのトリオはいつも凪だよ。」

キン「何でかなぁ〜、キンのときはいつも凪が少ないんだからぁ〜・・・。」

石井「キンちゃん、そろそろ支度をしなさい。」

キン「えっ、もう〜。ハイ。ここは遠浅ですか?」

湘南の主「そうだよ。」

 あんなに遠くの丘まで泳がないかんのか・・・、ドーバーならもっと近いのに・・・。しゃーない。

キン「石井コーチ、ラノリン(羊毛から抽出される脂)宜しく!」

石井「オオッ!」

 コーチは私の身体にタップリとラノリンを塗り付けてくれた。

 

4.      1way

 今日は淡島とは違うんだ。観客は一人もいない。ちょっと寂しいな・・・。畑中さんお手製のはしごを使って海の中に入った。

前半は快調だった・・・。

 泳ぎ出すと何だかとても軽い。とても体重63kgあるとは思えない。身体も腕も軽く感じた。

 そしてフォーンの合図の元にスタートした。以前に文句を言ったお陰か、「プォ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜・・・」ととても長〜い、長〜い、よく聞こえる音だった。

 でもここは遠浅、前から来る波を掻き分けて、2030mくらい歩いたかな。砂浜で良かったよ。石ころだったら痛くて歩けりゃしない。

 江ノ島沖を通り過ぎるまでは順調に泳いでいた。いつも通りだが、栄養補給を約10秒で終わらすと船の中から拍手が飛び交う。

湘南の主「海はきれいか?」

キン「私よりキタナイ!」

石井「アホ!」

 そう、私は冗談が大好きであった。耳栓をしているのでよく聞こえはしないが、口元を見ると言っているのが分かる。だいぶ私も口話(こうわ:聴覚障害者が相手の口の動きを見て何を話しているのか分かる。)が上手になった。チャネルスイマーのほとんどは耳栓をしているので、話すときは大声で(大きな口を開けるから)話して欲しい。

 2回目の補給。少し補給品が熱くなり始めた。

石井「美味しいか?」

キン「マサラップ!(美味しい:タカログ語)

 霧が深いようだ。石井コーチの「計画書」における「安全基準」で「視界1海里(1,852m)未満は中止」になっているので、それよりは視界が利くのだろうが、畑中さんは「山が見えない。」と言っている。そう、コース取りをしながらの操船は、周囲の景色も大いに関係するのである。もちろんGPSGlobal Positioning System:現在位置を調べるための衛星測位システム)も使用しているが、“機械”より、人の“感覚”の方が優れているのである。

キンを応援する湘南の主さん。

 3回目の補給。毎回、毎回、補給する毎に少しお話をする。朝日が出て来れば

キン「コーチの頭が眩しくて見えん!」

と言い、

湘南の主「今、何時間泳いだか分かっているか?」

キン「4時間!」

と話す。あまり話し過ぎると潮で流されてしまうが、今回は楽しく泳いでいた。

 ゴーグル交換もスムーズに上手く出来た。手が悴んでいないせいかな?

 陽が登ると船の上では日除けのパラソルまで現れ、何とものん気で優雅なサポートの雰囲気になってきた。しかしそれも束の間、午前10時頃から徐々に風が強くなり霧を追い払ったが、開いたパラソルまで追い払おうとするので慌ててパラソルを片付けた。だんだん向い波が押し寄せて来る。今までにない大きな波である。たまに真横から大きな波が押し寄せると、キンはひっくり返って背泳ぎ状態になる。フライパンの“卵焼き”じゃないんだ。すぐにクロールに戻すが、これを何回繰り返したことやら・・・。

 クロールのプルは1分間に65回くらいで変わらない。しかし波に負けてリカバリーの腕が水面から出ないときもあった。淡島を思い出す。津軽を思い出す。いつかはこの波が治まり、風向きが変わることを信じて。そうさ、きっとそのうち変わるさ。でも“朝凪”、“夕凪”と言うが、まだ朝なんだよなぁ〜・・・。

 風は、予想よりも早く吹き始めていた。

波が高くなり始めた。

 湘南の主さんとコーチは久しぶりに会うのか、ずっと喋りっ放しである。船上の様子は手を取るように分かる。「あっ、畑中さんがパンを取りに行った。」、「湘南の主さんとコーチがリンゴを食べとる。」、「湘南の主さんがバナナを食べ始めた。」

キン「猿!」

と大きな声で叫ぶ。キンは遠慮はしない。年上だろうが、コーチだろうが、言いたいこと言って楽しんでいるんだ!

 

5.      残りの距離は知らない方が良い理由(わけ)

 と、だんだん城ヶ島が見えてきたらしい。

湘南の主「キンちゃん、城ヶ島が見えて来たよ。」

 船の右に付いて泳いでいる私には、右向けば波、左向けば船の様子しか見えないので、城ヶ島なんて見えるわけがない。でも「そうか、見えて来たかぁー!」と、少々この大きな波に飽きてきた私は「頑張らなくっちゃ!」と気持ちに気合が入った。

 が、それから何回栄養補給したやら・・・、なかなか着かないのである。

 「海峡横断泳の泳者は前を見てはいけない。」、これはドーバー泳のアドバイザー、フリーダから習った。前(目的地)を見る。⇒知らずに距離を計測している。⇒知らずにペース配分をしている。⇒海だから計算通りにはいかない。⇒再び前を見る。⇒目的地が相変わらず遠いのでガッカリする。つまり“前を見て良い事は、何一つもない。”と言うのがフリーダの教えである。それより伴走船を見て泳ぎ続け、「ここまで来られた!」と思う方が良い。とフリーダは言う。

 この辺がOWS(オープン・ウォーター・スイム)レースと海峡横断泳の違うところなのであろう。OWSは前(目的地)を見て自分でコースを判断しなければならない。しかし海峡横断泳は伴走船がコース取りをしてくれる。船が眼であり耳なのだ。おそらく伴走船に乗って応援していれば、「ホラ、見えたよ、近くだよ。」と、水上からでは見えないであろう泳者のために親切心で残りの距離を教えたくなるのであろう。気持ちはよく分かる。が、それが返って“仇(あだ)”となるケースは多い。泳者にとっては見えてからが遠いのだ。

 ちなみに石井コーチは到着地点の1km未満に近付くと距離を教えてくれる。GPSで正確に100m単位で教えてくれるのだが、この100mの長いこと・・・。それでも1km未満なら、心の準備をするためにも教えてくれた方が良い。

 それでも

湘南の主「もう少しだ!」

城ヶ島周遊の観光船を見た。

の声に、城ヶ島を周回して油壺に向う観光船を見た。伴走船の前方にチラチラ見える赤い灯台が視界に入って来た。「何だ、まだまだ先じゃ〜ん!」と思い、ようやく緑の浮標まで来た。これは三浦港に入港する船の航路を示す灯浮標である。この前を通過すると目の前に見えて来た。赤灯台、白灯台、ホテルの風景・・・。城ヶ島1周のレースで泳いだときのことを思い出す。

当初、城ヶ島の到着地点は何処でも良かったし、私としては出来るだけ江ノ島に近いポイントが良いと思っていた。しかし荒波のため、港内以外での上陸、折り返しは困難、危険と判断され、急遽、港内の城ヶ島大橋の下、「北原白秋の碑」前の公園となった。ここはちょっとした浜で、城ヶ島1周のレースでのスタート&ゴール地点である。

石井「キン、今日は海が荒れているから、前に泳いだことのある城ヶ島大橋の下のビーチまで泳ぐぞ! 分かったか?」

「そう、それは分かるけど、また30分は泳がないかんじゃん!」と、心の中では“ブツブツ状態”が続く。

 しかしここでの練習をした時の風景を思い出しながら、「そう、あそこは魚の加工所」、「そう、ここはホテル」、「あそこは・・・」と、昔の記憶を蘇らせては走馬灯を廻らせていた。そして、順調になかなか着かないビーチを目指して泳いで行ったのである。

 港内に入ってしまえば風波は治まり船の揺れも無くなってしまう。と、静まるのを待ちわびたように湘南の主さんはドンベイ(カップ麺)にシャブシャブ餅を入れて食べ始めた。「城ヶ島まで一緒に泳ごう!」と誘うつもりでいたが、“お食事中”になってしまったので遠慮した。

 まあさっき泳いでいる途中でも良かったが、荒れている中、二人の泳者を見るのは畑中さんに迷惑が掛かると思い、いつだかドーバー泳の本番で、荒れている中、石井コーチと泳ぎ(ドーバー泳のルール上、泳者に触らなければ1時間まで伴泳して良いことになっている。)、30分も経たないうちCS&PFの公認パイロット、ニールから「どちらを見てよいか分からなくなるから、石井は上がってくれ!」と、コーチが上がらせられたのを思い出し、止めにしておいた。いつ凪になるか、私は待っていたのである。

 ここの浜は手前に海草がフニャフニャと生えており、あまり触りたくないし、下手をすると手を切る恐れもあるので、そういう時はバタ足だけで進むのである。前を見るとブイが一つ。それを目掛けて無事城ヶ島に着いた。

 観光客らしき人が3人。それから白秋記念館から男の方3人が出て来て、「何しているんだろう。」と近付いて来た。そう、船には“A旗”、“「遠泳中」の旗”、おまけに今回は“「Now Swimming !」の旗”までたなびいている。これは今年、津軽を泳ぐ予定だが、海上保安部から「国際海峡なので、英語の旗も掲示して欲しい。」と言われて作ったものである。今回はテスト的に掲示した。そんな派手な伴走船を従えて、可愛い泳者が到着したから見物人が集まったのである。

 

6.      2way

城ヶ島の折り返し

 デカイ胸を張って、右手を高々と上げ合図を待った。またまた続く長〜いフォーンの音色と共に、腕を回す体操をしながら私はゆっくりと海に入って行った。なるたけ海底に石、貝、岩など無いところを確認しながら泳ぎ出す。とっても目立つ船を目掛けて!

 まだまだ身体は動く。城ヶ島のスタートを「始めの“1”」と考えよう。これもフリーダの教えである。「“123、・・・”と考えるのではなく、常に“今が1”と考えなさい。」、“折り返し”ではなく、“スタート”なのである。潮と波に乗りながら。

 いきなり石井コーチと湘南の主さんが「前を見ろ!」と指を指した。「何だろう?」と見ると3名乗船したクルーザーが、この派手な船を見て興味を持ったのか、グルッと回って私を見に来た。そして「頑張ってね!」と応援してくれた。手を振って「ありがとう!」と私はお辞儀をした。

 後から訊くと、遊びに行こうと思ったクルーザーが、派手派手しい旗を見て寄って来て、

クルーザー「何処から来たの?」

湘南の主「江ノ島から。今年、ドーバー海峡を泳ぐための練習です。これから江ノ島まで帰るんです。」

クルーザー「凄〜い!」

そんな会話、私はちっとも知らなかった。きっと耳栓を付けているせいだろう。

 何だか赤灯台までは行きより速く泳げた気がする。潮が押してくれていると思う。そして港から出るとあの緑の灯浮標が、もうとんでもなく荒れた波の中で揺れている。

ゆれる灯浮標の前で

キン「コーチ、写真撮って!」

キン「早く〜!」

とせかしながら撮ってもらった。

 船が左右に傾き、風はさらにひどくなっている状態であった。

 頭の中の計算で、「行きが向かい波なら、帰りは追い波で、波が私を助けてくれるだろう。」と私は期待した。だが南南西の風6.1m、波高2m、水温19℃、気温20.6℃の海象は、船の左に私を付け(行きと逆)、船と波が左右逆になっただけで相変わらず波は真横から押し寄せて来た。「予想と違うじゃん!」。

 この2mの波、油断すると息を吸ったときに海水を飲む恐れがある。毎回毎回波を見ながら「次の波にしたほうが良い。」、「今なら良い。」と判断しながら泳がなければならない。だから3ストローク1ブレッシングの息継ぎもリズムは狂ってくる。まあ行きもそうだったが、帰りの方がすごく神経を集中しながら泳がねばならなかった。

 だんだん40分毎の栄養補給が「まだか」、「まだか」と思うようになってきた。とっても長〜く感じ、湘南の主さんと石井コーチももう話すことが無くなったのか、少し離れ離れに座りだした。船が大きくローリングし、船内は座っているのもやっとだと思う。力を抜くと転がってしまうだろう。コーチと湘南の主さんはまん丸だからね。転がってもぶつからないように離れたのかもしれない。

波が船の舷に当り、その飛沫が風に乗って甲板を洗う。コーチの服はビショビショ、髪もビショビショ、いつ裸になって服を絞るのだろうと思った。

 だんだん夜が近付いてくる。そう言えばコーチ、合羽持って来たのに「合羽船に積むか?」と聞かれた時、最近の淡島〜大瀬崎の練習で暑くて合羽なんか要らなかったから、そのイメージが強くて「そんなの要らないでしょう!」と言ってしまった私。今では後悔している。あの時に船に持ち込んでいれば・・・、風の寒さ、波を被っても濡れなかっただろうに・・・。合羽は雨だけじゃなく、波からも守ってくれるのだ。

 夜になるともっと寒くなるだろう。「晴れても雨支度、夏でも冬支度」は海の上では常識なのに、今までの練習の慣れで忘れていたのである。

 

7.      適正な判断は

 風は治まることなく8.4m/secになった。「どんだけ続くのだろう?」、この風と波、大好きな波も泳いでいるときにあまりにも続くと怒れてくる。怒れ過ぎて帰りの補給時は一切口も利かない。別に船に怒っているわけではない。もたもたしていると次の大きな波が来て補給しながらも船から離れ、ロープが届かなくなってしまう危険があるからだ。

 と、コーチが畑中さんと何かを話している。コーチは何回か船の中を行ったり来たりしている。畑中さんがケータイを持って何かを話している。

 船が風に押されて私から離れる。私は船先を見て泳ぎながら近付く。近付くと船の横に身体を平行にさせて泳ぐが、また船が離れてしまう。その繰り返しが多いが私は「船先を見ながら泳いだ方が、波が泳ぐのを手伝ってくれるので楽なんだが・・・」と考えながら泳いでいる。泳者は風の影響をあまり受けないのである。

波を見て息継ぎをする。

 と、だんだん大腿部が痛くなり始めた。これは私の謎の持病で、主に冷たい水で泳ぐと出てくる痛みだ。別に水だけではない。エアコンが強い室内でも出てくることがあるし、出ないときもある。医者には何度も診てもらっているが、結局のところ原因が分からないので治療方法がない。まあこれは私の“爆弾”なのだと思う。

 コーチは私の泳ぎを見れば、爆弾の導火線に火が点いた事がすぐに分かる。そしてとうとう爆弾は爆発し、キックが打てず、両足は真っ直ぐになったまま止まってしまったのである。これでは残り8時間なんて到底泳げない。どうしよう・・・。「泳げ!」、「泳げ!」と言われれば痛くても我慢して泳ぐが、この波の中、無理である。もっと暗くなったら、何だかもっと危険な感じがしてきてしまった。

 そしてついに風速11m/sec11m/secがピンとこない方の為に、“秒速”ではなく“時速”に換算すると、約40km/hとなる。しかもこれは「瞬間最大風速」ではない。コーチの風速計は13秒間計測して、その平均値を出すよう設定している。したがって瞬間最大風速はもっと強いはずだ。

 波高は3mに成長し、波頭が崩れた状態で私に押し寄せる。あまりにも怒れて「もう泳がん!」と怒鳴ったが、怒涛の潮騒で私の声は消されてしまったのか、コーチの耳には届かなかったようだ。何も返事が無いのでまた泳ぎ出した。

 補給が来ても10秒で飲み干す。怒りながらまた泳ぎ出す。波も風も治まることが無い。それでも波に揺られ、ジグザグ蛇行での伴走。畑中さんって、若いのに本当に操船が上手だなと感心してしまった。

 コーチは普段、補給品を私に投げるのに、ホームランのように投げる。それでも補給品はロープでコーチとつながっているので、コーチはロープを引きながら私の泳ぐ位置まで合わせてくる。ところが次の補給の時、風上に向って投げられた補給品は風に戻されて私の元には届かなかった。この場合は私が取りに行かなければならない。

目の前まで泳いで行くのだが手が届かず、船が風に押されて波と一緒にまた何処かへ。手を伸ばして取ろうとするが、取れずにまた何処かへ。終いに補給品を見失った私に船から「あそこだ!」と指を指して教えてもらった。

やっと捕まえたのは良いが、波に揉まれ過ぎたのか補給品を飲んでも泡だらけで不味い。心の中で「こんなの飲めん!」と一口飲んで返したら、「キンちゃんお腹空いてないのかな?」と畑中さんが心配して言ってくれたらしい。コーチも揺れる船の中でせっかく作ったのに、「何で飲まんだ!」怒ったらしいが、「仕方ないじゃん、不味いんだもん!」と贅沢な泳者である。

もう泳がん!

だんだん弱気になってくる自分がいる。そう、誰もが思うことであろう。「足が痛い。」、「後8時間なんて無理。」、「どうせ止めるなら早く止めたい。」、「暗くなったら大丈夫かな?」など、もう泳ぎたくない自分がそこにいた。そう、あの3mの波が、11m/secの風が、私の集中力を奪い去ったのである。

止めたい自分が「コーチ、もう泳げん。」ともう一度言い、「そうか、上がるか。」とコーチははしごを下ろしてくれた。

コーチの言うことなら私は忠実に聞く。もしここで「後2時間泳ぎなさい。」と言われれば、足の痛みを我慢してでも泳ぐであろうし、「ダメだ、江ノ島まで行くぞ!」と言われれば、ふてくされても泳いだであろう。でもコーチは上がらしてくれた。

どうやらその理由はコーチの「リスクアセスメント(危険度評価)のガイドライン」にあるようだ。1.風速が10m/secを超えた。2.波高が2.5mを超えた。3.泳者の体調の変化。これらが主な理由らしい。ガイドラインの安全基準はまだまだたくさんあるが、それをトータルで判断し、決断し、実行するのは難しい。「言うは易し、行うは難し。」なのだ。

ちなみに昨今ではケータイのモバイルサイトからリアルタイムな気象や海象情報が入手できるようだ。今年から始まった海上保安部のサービスで、全国の管轄する地域の海上保安部のホームページから気象・海象が掲載されているモバイルサイトのWebアドレスが入手できる。これを使わない手はない。

石井コーチもこれらを多いに参考にしたようだし、畑中さんと話していたのは地元漁師さんの判断だったらしい。また畑中さんもケータイを使って近隣の情報を入手していたようだ。

8.      普通の人

上がらしてくれた理由はまだ他にもあるようだ。だから今回の遠泳は「途中で上がって良かったかな?」と自分を慰める反面、“後8時間”が泳げない自分に悔しくて、ドーバー2wayを目指している私に「ここを泳がなければ無理だぞ!」と言い聞かせている。また精神面で弱い自分を発見し、ショックを受けている。

その点、湘南の主さんは海で20時間泳の練習をこのメンバーで達成している。「凄い!」と私は尊敬するばかりである。いつかはきっと私も海で泳げる時が来るだろう。本当に海とプール、いくらロングの練習をプールでしても、海で泳がなければいけないと感じた。

 プールVS海、この二次元VS三次元の水面。同じ「水面」だが、“平面”と“立体”は大きく異なる。プールではおそらくほとんどの泳者が“時間”を気にするであろう。何故ならば水は動いていないし距離は正確に測られている。したがって距離と時間がすべての泳者に平等なのだ。ところが海は、水が水平方向へも立体方向へも動くので、距離もすべからく大雑把だ。自然(海水)が敵にも味方にもなる。まあそこが海を泳ぐ泳者の醍醐味なのであろうが・・・。

26日、湘南の主さんと

湘南を泳いだ。

プールでは環境が泳者の都合に合わせてくれる。ところが海は、環境に泳者が合わせていかなければならないのだ。まあ神経の使い方の違いであろうが、時計VS波(時間VS空間)、どちらに集中して見るかが選ぶポイントの違いになるのであろう。いずれにせよ今回は波に集中する時間が長かった。そんな反省点がポツリ、ポツリと見えてきたアイランドスイムであった。

船が江ノ島に向う。相変わらずの波は“バッチャーン!”と船に当たり、砕けた水飛沫はまともに3人の身体を濡らした。キンは水着だから良いけど、皆の服がびっしょりになってしまった。コーチの眼は赤かった。海水を何回か浴びたせいであろう。

キン「ゴメンね、湘南の主さん、途中で上がってしまって・・・。」

湘南の主「素晴らしかったよ、キンちゃん。キンちゃんしかこの波は泳げないよ。よく頑張ったね!」

 帰りの船の中、湘南の主さんは今日あったことをいろいろとお話してくれた。鼻水を垂らしながら拭きながら、私は楽しんで聞いていた。

 帰りの船でも風と波が絶えない。「こんなところで泳いでいたんだ・・・。やはり操船は大変だぁ〜。畑中さん、上手いなぁ〜。」と、またもや感心してしまった。そう、いろんなものに摑まり、必死に船から落ちないように私たちは這い蹲っていた。

こういう時もあるんだ。だてに船の中でゴソゴソしていようものなら、下手すると落水するなと感じてしまった。ゆっくりご飯など食べられない、お茶など飲めない状態である。泳いでいるだけじゃなく、船に乗るとよく分かった。だからあの時ドンベイを食べていたんだね。

 どのくらい船に乗っていたのか、船酔いする人は遠泳のサポートはしない方が良いだろう。こんな時、誰も助けてくれないよ。石井コーチの「リスクアセスメントのガイドライン」にも「船酔いする人は事前にその対処方法を整えてくること。あるいは始めから船には乗らないこと。」となっている。どうやら以前に船酔いした人がその遠泳を中止させたことがあるらしい。その人はマスコミ関係の仕事で乗ったらしいが、以来、コーチは直接的な関係者以外をあまり船には乗せようとはしなくなった。乗ったらその人はチームの一員になるからね。途中、何処かに降ろすというわけにはいかないんだ。

 船が港に接岸し、荷物を下ろした。

畑中「やっぱりキンちゃんも“普通の人”なんだね。」

キン「そうだよ。」

そう、私は皆さんが思っているほど凄くはないんだ。ただ夢に向ってひたすら泳いでいるだけだよ。そうしたらこうなっちゃっただけ。

 「伸び続けていたゴムは切れ易い。だから時折緩めてやらないといけないんだ。」とは石井コーチの言葉。水泳練習でも同じだそうだ。常に張り詰めていたら切れてしまう。コーチの「リスクアセスメントのガイドライン」に「身も心も切れるような遠泳は良くない。」と書いてある。適応力がなければいけないのだ。だから今回上がらしてくれた。

またチャレンジしたい!

伸び続けていたゴムは今回縮みました。切れないようにね。でも私はまたここ江ノ島〜城ヶ島2wayをチャレンジしたいと思っている。今度は縮んだゴムを伸ばすんだ。

 今回、いろいろな細かい裏方をしてくれた石井コーチ、荒れている海で伴走してくれた畑中さん、そして泳者としても経験豊富な、それこそ“湘南の主”でサポートしてくれた湘南の主さん、本当に13時間51分という遠泳にお付き合い下さいましてありがとうございました。皆々様が居なければ私の贅沢な海練習は出来ませんでした。これに懲りず、温かく私のこれからの遠泳を宜しくお願い致します。

 心を入れ替えて出直して来ます。本当に貴重な時間を割いてお付き合いくださり、ありがとうございました。

 今、「完泳した。」と「出来なかった。」では、“心”と“身体”の痛みが違うと、今更ながらに実感しています。2005年に味わった、ドーバー2wayの、あのフランスを折り返してから3時間で船に上がったときの、あの感覚が蘇っています。あの後、ドーバーの海を眺めながら石井コーチの服が、今回の波でビチョビチョになったくらい涙、鼻水、涎(よだれ)を流して泣きました。どうして“出来た”、“出来ない”で心と身体のダメージが違うのでしょう?

 そんな不思議もこれから追求していきたいと思っています。そう、私の遠泳は永遠に続くのかもしれません。

20076月 藤田美幸 石井晴幸