「キンちゃんが行く」Vol.7
1. 淡島〜大瀬崎2way
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日付:2007年6月12日(火)
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方法:2wayソロ
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記録:1st leg: 淡島07:46
⇒ 大瀬10:45 2時間59分
2nd
leg: 大瀬10:45 ⇒ 淡島13:54 3時間09分
2-way合計: 6時間08分(ベストタイム)
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天候:曇りのち晴れ
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水温:19.5〜21.8℃
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気温:21.4〜26.4℃
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波高:0.5〜1.0m
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風向:主に午前中は南、午後は西
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風速:1.2〜5.4m/sec
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潮:流向(流速):主に午前中は東(0.4kn)、午後は南(0.3kn)
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泳法:クロール(左右呼吸=3ストローク1ブレッシング)
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ピッチ:62〜74回/min
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栄養補給:40分毎 炭水化物+果糖+茶類
2. 身体のダメージ?
5月24日の「アイランドスイム2way」(江ノ島〜城ヶ島間約22.5km×2-way)以来プールでの水泳練習は続けていたものの、節々が転々として痛くなり始めたので“これではいけない”と、ようやく重たい腰を上げ、約1週間後の水曜日の朝練習の後、トライアスリートの友達に「良いよ。」 聞いた「やごと療院」にやっと足を運んだ。
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イェ〜イ! |
ここは私の家からクルマで1分の所にある。こんな症状の私が行って良いのやら、初めてなので不安が一杯であった。そして身体の状態を話すと「疲労が貯まっているのに、また練習しては、また疲労が蓄積するだけだ。」と言われた。「だって身体は動くから練習しなくてはいけないと思っていたし、そのうち治るかなと思っていた。」と話した。
それからは背中から肩、首と仰向けの状態でマッサージをしてくれた。今までにないマッサージのやり方。先生の顔は天使、手はまるで魔法使いのように感じ、気持ちがすこぶる良い。
先生は「寝るときも肩が凝らない?」と聞き、負担の掛からない就寝方まで教えてくれたのである。足を触ると「ここ、痛いでしょ!?」とマッサージしてくれ、ストレッチみたいなこともしてくれた。大腿部は触ると痛いが、普段の生活、練習では痛くなかったので気にも止めていたかった。
やはり早く来れば良かったと、つくづく思った。ドーバーではアリソンやフリーダから「泳ぐ前と泳ぎ終わった後はマッサージに行け!」とよく言われていたものだ。それからは日本でも行くように心掛けていたが、今回は怠ってしまっていたのである。
3. 6月11日
6月に入ってから家業「(有)フジタヤ(和菓子製造業)」の仕事は“これ”といった行事が無いので、13時ぐらいには仕事が終わるパターンになってきた。そこで今日は早めの新幹線に乗って先に行き、民宿「桂」で栄養補給でも作ろうと考えていた。
時間に余裕があったので、ウインナー、トリガイのバター炒め、イタリアンパスタ、ヒジキの煮物、マカロニサラダ、おにぎり8個を用意し、一種の遠足気分になっていた。これはコーチのお夜食、次の日の朝食、昼食になるのだ。
これからは暑くなるので傷まないか心配だが、クーラーに氷を入れて用意するようお願いしておいたので、少しは安心だ。それにおにぎりの中身は梅干しにしておいた。後はお腹が空いたら得意のカップラーメンでも食べれば良いだろう。
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民宿「桂」のご主人と息子さん |
「明日はきっと凪で晴れるだろう。」そんな期待に胸を膨らませ、新幹線に乗り込んだ。車窓から流れる景色を眺めながら、今回の行きの移動はこのレポートの下書きをずぅ〜っとケータイから打っていた。ところがバスで下車する終点の「三島シーパラダイス」に着くや否やケータイの変な所を触ったらしく、80%くらい出来上がっていた下書きが全部消えてしまい、唖然としながらバスを降りた。ホントにもうショック!!
前回も打っている途中で寝てしまい、消してしまった覚えがある。“ハァ〜” とため息をつきながら重いスーツケースをゴロゴロ引っ張って民宿「桂」に向う。眼前に駿河湾の海が広がる。駿河湾の向こうには冨士がうっすら見える。この雄大な景色、民宿「桂」や淡島、港、周りの風景、それらがこのショックから立ち直らせてくれた。やっぱり私は海や水泳が好きなんだ。
何だか第二の故郷に帰って来た気がした。そう、前は私の第二の故郷は北マリアナ諸島だったが、最近はここに来ると落ち着くのである。
「こんにちは。」と民宿「桂」の玄関を開け、「今日は、早いですね。」と奥の方から主人が出て来た。
主人「今日は宿泊客が少ないからゆっくりお風呂にでも入って下さい。ビールはいつものところにありますので、適当にどうぞ。」
キン「ありがとうございます。そうさせていただきます。」
部屋は3階の富士の間、いつもの部屋である。いつものようにポット3本、電気ポット1本、ビールグラスに栓抜きが用意され、もう何も言わなくても自然体の形になっている。ところがもう17時だというのに部屋は明るくテレビをつけても眩しくて見にくい。季節は巡っているのである。季節にとっては「いつものように」なのかもしれないが、ここに来るようになってからの「時の流れ」を感じた。
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色っぽい? 暑いだけだよ。 |
庄子を開け、波の様子を伺う。凪であり風も吹いていない。でも丘寄りと沖寄りの波の向きが違うことを発見。「なるほど」と、その時は軽い気持ちで納得していた。
栄養補給品を作り終え、お風呂から出ると、フロアーでご主人の息子さんがパソコンを開いていた。近くに寄り「見てもいい?」、「いいよ」と二人仲良くパソコンで遊んでいた。でも息子さんは私よりパソコンに詳しい。お母さんは私のブログ「キンちゃんが行く」Vol.5を読んで涙を流してくれていた。つくづく優しい人だと感じた。
部屋に戻ると“パーフー、パーフー”と豆腐売りのラッパの音が聞こえてきた。そう、以前にここで豆腐を買ったのだ。岡崎の人間が地元の人みたいなそぶりをして。懐かしい。そう、ドーバー泳の練習場所としてここに厄介になるようになって幾多の思い出が走馬灯のように駆け巡り始めた。そして来月ドーバーに行く。明日はドーバー出発前のここでの最終海練習になるのだ。寂しいけどここでの海練習は当分おあずけだからね。気合いが入っているんだ。
ビールを飲み、明日の用意をして寝た。
4. 思い出の海練習
今日のスタートは淡島を08:00の予定にした。だって前日にキンは栄養補給品を作ったので、早朝に作らなくても良いから楽チンなんだ。桂を出る時、ご主人に「帰りは何時ぐらいですか?」と聞かれ、「長くて8時間掛かれば16時。でもだいたい6時間か7時間で泳ぐから。お父さん、ベストタイムが出るように一生懸命泳いでくるね!」
主人「今日は天気が良いから暑いよ。気をつけてね。」
キン「行ってきます!」
そう天気予報だと無茶苦茶暑いらしい。
去年、9月の津軽3wayが終わってからも、続けて私は月平均で2回程度の海練習をしてきた。冬でも海で泳いでいた私の肌は、真っ黒に日焼けしている。それでも今日もベッタリと日焼け止めを塗ったが、石井コーチからは「無駄な抵抗はよせ!」と言われる。いちおう“女性”なのになぁ〜・・・。
プール練習で私が使っているスポーツクラブ、「ロイヤルスポーツクラブ2」の人達によく言われる。「日焼け止め塗っていますか?」と。
キン「塗っていますが、泳いでいる間に取れるみたいです。」
だからと言ってもさあ、塗らないともっと凄くなると思うけど。今の私、海を泳ぐようになる前と比べると真っ黒で、体重が15kgも増えて醜い姿かもしれない。ゴーグルの跡は“メガネザル”、“逆パンダ” 状態で、水着の跡もクッキリ、ハッキリつけちゃってさ。
でも今は仕方がない。夢を果たすのにいろいろな条件が噛み合いこうなったんだかから。これを今は誇りに思っているよ。そう、海で長距離泳のスイマーが色白だったら恥ずかしいよね。少しぐらい“メガネザル”、“逆パンダ”でも仕方がないことだ。ドーバーを見てみりん。キンなんか小さいから子供に見られるけど、色の黒さでは勝っているから。それに堂々としているから。
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菊地さんと |
そう、石井コーチも一緒。一年中私のサポートをしているお陰で年中真っ黒。「この紋所が眼に入らぬかー!」と言うぐらいにビーチサンダルの鼻緒の跡もクッキリつけちゃって、毎回見る度に笑けてきて、私は足を踏んづけてあげるのである。
余談はこれぐらいにして、港に着くや否や、すでに船頭の菊地さんとも息の合った私達は、次から次へと作業が進み、船は淡島目掛けて出港した。船上では暑さもあったが、早々と私は水着姿になっていた。冬の海練習では考えられないことである。本当にこうも違うものか!
凪だったのでラノリンを塗りながらの移動。キャップもゴーグルも耳栓もすでに身につけていた。半年前とではぜんぜん違う。再び思い出が走馬灯のように駆け巡ってきた。3wayで大瀬崎までの船に揺れ、写真を撮りながら「エー、これが私!? カワイイじゃん!」と友達に写メールで送ったこと。コーチのバースデー、私のバースデー、中沢先生とのデュオ、淡島捜索事件、風邪ひきで泳いだこと、まだまだ記憶は次から次へと駆け巡る。
本当に今までにない思い出を、私はドーバー行く前の最後の舞台で飾ろうと新記録を狙っていた。不思議と富士山が久しぶりに見え、「今日は富士山も応援し、私を見ていてくれるんだ!」と、一段と元気が湧いてきた。
菊地さんに言わせると今頃富士山が見えるのは珍しいんだそうだ。やはり異常気象なのかな? 富士山の頂にはまだたくさんの雪が残っている。そういえばいつだかのラジオで富士山の残雪が多いので、山頂に登る登山道が予定通りにオープンできないと言っていた。富士の高嶺はいつもより寒いのかな?
異常であるのかないのかわからないが、淡島付近の海では釣りのポイントが変わったのか、たくさんの船釣の船が浮いていた。何を釣っているのかはわからないが、釣れるであろうポイントにはこうも集まるものかと感心した。桟橋では丘釣の客がいる。と、向こうから叫んできた。
釣師「おはよう。今日はいつもより早いじゃないか。」
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水中、岩の上からのスタート |
キン「おはようございます。今日はいつもより1時間早いよ。ベストタイムを出すんだ!」
釣師「頑張れよ!!」
キン「ありがとうございます。」
と、ほんの一言、二言挨拶を交わす程度の会話。ここを泳ぐのは火曜日が多い。泳いだ回数はすでに数知れないが、大体いつも9時スタートだ。月に1、2回しか泳がない私達だが、釣客も見ている人は見ている。スタート時間まで把握していたとはビックリした。もちろんホテルのベランダからも数人の方々がこのスタート風景を観ていた。
本当に近くで顔も合わせたこともなく、この淡島までの出会い、もう交わすこともないかもしれない釣客やホテルの客に、「ありがとう!」と感謝の気持ちを述べるしかない。見てくれるだけで良い。人の応援でどれだけ私に元気と勇気を与えてもらったことか。
あいにく潮が引いていたため丘スタートは出来なかったが、岩の上に立ち、フォーンの合図とともに泳ぎ出した。ウニのデカイのがウジャウジャいた。そしてミズクラゲの子供の大群。「これからこれらが大きくなるんだな。」と思うと“ゾッ”とした。
5. 2way
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冨士と釣舟 |
凪である。富士山も顔を出し、「ベストタイムを出して、悔いの残らないように!」と見守ってくれている。そして大勢の釣客に見守られながら、水温も20℃と高く、好調なスタートを切ったのだ。ホカロンは朝に着けたため1回目の補給はぬるかったが、水温が高いので気に止める必要もなくノンビリ飲んだ。
向かい波ではあったがこの前の「アイランドスイム」に比べれば“屁の河童”。すでに“向い波”を“向い波とも感じない”くらいになっていたので気にせずダッシュした。追い潮で順調よく大瀬崎まで運んでくれるのか、無我夢中である。行きは2時間40分を目指し、泳いでいた。がしかし、最後私の目で「残り1時間だな」と計算すると、潮回りが変わったのか結果は2時間59分も掛かってしまった。
大瀬では知らない叔母さんが遠くから私の写真撮影をしていたらしいが、丘の上など知らない私は水中のダイバーを探していた。なぜならば私もダイバーであり、ダイバーにスイマーの存在もPRしたかったからだ。だが見当たらない。泡がボツボツ船上からは見えていたらしいので、今は1本目のダイビングだろう。本当はダイバーを下に見て泳ぎたかった!
いつものように大瀬崎の丘に上がり、いつものようにフォーンの合図で帰りのスタートである。これまたいつものように胸元までの深さまで歩いて入水しながら腕をグルグル回す運動をしていた。石井コーチに言わせると、この「いつものように」はかなり重要らしい。
例えば野球では大リーガーに仲間入りしたイチロー選手は、打席に立つとき右腕を伸ばし、持った右手でバットを立て、左手で右腕の袖をちょっとたくし上げてから素振りをしてかまえる。これは自分のプレーをピークパフォーマンスに持っていく手段なのである。実際のバッティングには無関係であるが、これをやらないとリラックスできず、自分自身をピークパフォーマンスまで持っていけないのである。だからイチロー選手はバッターボックスで、いつものことをいつものようにやる。
いつの間にか私も折り返しでは、いつものことをいつものようにやるようになった。
帰りの泳ぎが始まると、私の頭は“計算モード”になった。今までのベストタイムは6時間17分である。これを切らなければならない。帰りも3時間、往復で6時間をめどに泳ごう。行きの向かい波は追い波に換わり、私を運んでくれる。そう、風が出てきて船は後ろから風に押されているが、私は楽チンなのである。
コーチが居眠りをし始めた。夕べは仕事を終えてから民宿「桂」まで飛んで来て、そこでビールを飲み夕食を取る。グッスリと私が眠ってしまってからの出来事なので私は知らないが、たぶん寝不足なのであろう。そういう時は泳ぎながら水飛沫を掛け、起こしてあげるのだ。そう、私がプール練習で寝ながら泳いでいるときに起こすように、私もマネをするのだ。ウシシシシシシ・・・。ビックリした顔で起き上がり、「こいつ、やりやがったな!」という顔でキンのこと睨んでいるんだ。
今回は不思議と菊地さんは私を船先につける。別に何処につけてくれてもかまわないが、今日はちょっと違うんだ。いつもなら私が何本タバコを吸ったか数えている。ところが私にバレないようにタバコを吸おうと、私を船先につけ、隠れタバコをしているらしい。しかも3ストローク1ブレッシング(左右呼吸)で泳ぐ私は6ストロークに1回しか船を見ない。つまり船を見ない5ストロークの間に“ここぞ!”とばかりにタバコを吸っていたようだ。
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栄養補給 |
そうとは知らない私はいつもと違う菊地さんを見て、「何か怒っているのかな?」と思うくらいであった。だって今日の菊地さんは黒いサングラスをかけていて、眼の表情が全然わからないのである。真剣に操船しているものの、笑みがわからなかったからであった。
ドーバー泳でも船頭のニールに「ミユキは黒いゴーグルかけているから眼の表情がわからない!」と言われたことがある。そう、朝夕は明るめの色、夜はクリヤー、昼間の眩しいときは黒、眩しくなくとも濃いめの色のゴーグルを使用する。この眩しいときのニールと同じことを思った。
そう、これから海水浴シーズン。海にお出掛けになる際は、そのリストに是非“黒いサングラス”を入れて欲しい。恥ずかしくて見られないシーンでも、サングラスがあればお手のものである。
帰りの“3時間ダッシュ”が続くが、淡島付近、いつもこの辺りに近付くと左からの風波に変わりだす。そうか、昨日民宿「桂」から見た波の動きが岸と沖では違うのは、このことだったんだ。とても泳ぎ難いが直線ではなく、丘寄りに船は淡島を目指す。
淡島を出て大瀬を折り返し、5時間が経過した。6時間を切るために私はダッシュしているつもりだが、船が私を船尾につけだした。どうも私に6時間を切らせようと、菊地さんも必死になっているらしい。
ここで6時間を切らせようと気合の入った菊地さんと、それに応えようとする一生懸命の私は心が一致している。ところがコーチがジャンケンで遊び始めた。それどころじゃないのにジャンケンしてくる。仕方がないので遊んであげるが、後“残りわずか”というところで右肩が痛くなり始めてスピードが落ちてしまった。回したくても痛くて回せない肩になってしまったのだ。
あの時もそう。中沢先生とデュオで泳いだとき、自分のペースではないので肩が痛くなってしまったのである。そのときと同じ現象。痛いながらも回し、船釣をしている人たちの横を通り、桟橋へと船は走らせた。
結果、帰りは3時間09分で淡島に無事たどり着いた。往復で6時間08分である。
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バンド練習の若者たち |
桟橋近くで10人くらいの若者がバンド練習を楽しんでいた。しかし残念ながら出発のときに会話した釣客はもう居なかった。船に戻り、最初の一言
キン「ありがとうございました。何時間でしたか?」
コーチ「6時間切れなかった。6時間08分だ。」
キン「エー、ベストタイムじゃん。やったー!」
と一人喜んでいたが、
菊地「今度の課題は6時間を切るぞぉ〜!」
と張り切っている。
今回は良い線いっていたので菊池さんも私も欲を出し、6時間を切ることに最後の最後まであきらめず心も一致していたのに、コーチだけがGPSを見ながら「6時間では着かない。」とあきらめていたらしい。そうだ。だから着かなかったことにしよう。
よし、今度ここを泳ぐときは、6時間を切ることを目標にしてチャレンジしようと決めた。
6. 門出
民宿「桂」に戻り、「今日は波も風も応援してくれてベストタイムが出たよ!」と言い、お風呂に入った。そしていつもより30分早い17時30分に菊地家を訪れ、反省会を行った。そう、伴走する立場から、コーチの立場から、泳者の立場から、忌憚のない話し合いが次の遠泳のプラスになる。
例えば菊地さんがタバコを吸うために私を船先につけたのも、このときに初めて理由(わけ)を知るのである。このような屈託のない話がお互いの立場を尊重し、理解し合えるのだ。そんなやり取りで毎夜、話が盛り上がる。立場、立場で見方や考え方、方法までもが違ってくる。それでも目的は一つ、成功させるためにプロ級の腕の持ち主が全力で成し遂げようとしているのである。そんなチームワークが私は大好きである。
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コーチ、6時間を切るの、あきらめたでしょう!? |
今日の菊地さん、いつも以上にビールを飲んでいる。いつもなら途中で焼酎に変わるのに、どうしたのかな? コーチもグイグイ飲んでいる。早く終わって“ホッ”としたいのかな? まあ良いお酒だから今夜はたくさん飲んでね。
お母さんの料理はカニ、刺身、エビフライ、ジャガイモの煮っ転がし、小さいイワシの焼いたやつ、−etc−。私たちが来ると知った3日くらい前から、いろいろ用意してくれたり気を使ったりしてくれている。
泳いだ後、すぐにお風呂に入り、美味しいご飯が出される。これはとっても恵まれていると、常々菊地さんご夫婦には感謝している。菊地さんは口癖のように言う。「出会いを大切にしなさい。」と。
そういえば津軽を泳ぐときにお世話になっている船頭の安宅さん兄弟も、「巡り会わせだよ。」と同じようなことを言っていた。人と人とのつながりを大事にする人たちは同じことを考えているのだろう。菊地さんご夫婦も安宅さん兄弟も地元につながりに貢献し、社会に奉仕をしていらっしゃる。地域に根強い“核”をお持ちのようだ。見習わなければならない点がたくさんある。
そう、私は遠泳をすることによりいろいろな方々とお会いし、親切に触れ、その気持ちに甘えてきた。だから私も他の人には優しく親切でありたいと思う。時折ワガママで意地悪な面もあるが、これは若輩者のいたずらと大目に見て欲しい。まだまだ甘いかな?
ここでの遠泳はこれで一つの段落になっているが、また6時間を切るために、そして菊地さん、民宿「桂」の方々、釣人たちにお会いするために、チャレンジしたいと願っている。
今まで毎月、毎月ありがとうございました。ここでのご恩はドーバーの活躍でお返ししたいと思っております。ドーバーではここでの練習を思い出し、いろいろと面倒を見ていただいた経験を生かし、必ずや成功させるよう努力します。またその土産話をしに伺いますので、それまで待っていてください。本当に長い間、ありがとうございました。
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菊地さんご夫婦と |
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力泳 |
2007年6月27日 藤田美幸 石井晴幸